2007年09月25日
大宝律令
大宝律令に至る律令編纂の起源は681年まで遡る。同年、天武天皇により律令制定を命ずる詔が発令され、天武没後の689年(持統3年6月)に飛鳥浄御原令が頒布・制定された。ただし、この令は先駆的な律令法であり、律を伴っておらず、また日本の国情に適合しない部分も多くあった。
その後も律令編纂の作業が続けられ、特に日本の国情へいかに適合させるかが大きな課題とされていた。そして、700年(文武4年)に令がほぼ完成し、残った律の条文作成が行われ、701年(大宝元年8月3日)、大宝律令として完成した。律令選定に携わったのは、刑部親王・藤原不比等・粟田眞人・下毛野古麻呂らである。大宝律令の完成は非常に画期的な出来事であり、これを期に「日本」という国号が法的に確定した。すなわち、大宝律令の成立は、新たな国家創立と捉えられたのである。
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